オスカル、今、巣離れの時

三部会の会議場前の入口には、ジェローデル指揮する近衛連隊が、今まさに議場への武力介入を始めようとしていた。
その時、オスカルが議会会場の前に現れた。

「待て−ッ!ジェロ−デル!
私の剣を受ける勇気があるか!
近衛隊の諸君!、私の胸をその銃で貫く勇気があるか!
さあ!撃て!!、武器を持たない平民議員に、その銃口を向けると言うならば、まず、私の屍(しかばね)を越えてから行くが良い!」

「…マドモアゼル…、どうか剣をお収め下さい…。
前の我々の隊長であった貴女を、私達がどうして撃つ事が出来ましょう。
貴女の前で武器を持たない者に銃を向けるような卑怯者にどうしてなれましょうか…。
彼らが武器を取る、その日まで私達は待ちましょう。
君が為…、例え我が身、謀反人になるとても…」

「ジェロデ−ル…」

ジェロデ−ルは近衛連隊を後退させて去って行った。

国王ルイ16世の判断を仰ぐまでもなく、ジャルジェ将軍は決めていた。

「謀反人は、この手で処分いたします」

オスカルの反逆は、ジャルジェ家の反逆…。
王室に仕える厳格なジャルジェ将軍は、オスカルを自室に呼び寄せた。

「ここえ、座れ…、オスカル。
覚悟は良いな…、オスカル」

「何の覚悟でございますか?」

「国王陛下から頂いた階級章と勲章を外せ!」

「もう1度、お聞きします。
何の覚悟でございますか?」

「うっ…、この場に及び父の前でも開き直るか…!」

父ジャルジェはオスカルの前にはだかり、剣を抜いた。

「何か言い残す事があるなら聞こう…。
いくら謀反人とは言え、私の娘…」

「今、私の部下が12人、アベイ牢獄に捕らえられ、やがて銃殺になろうとしています。
もし、私をお斬りになった事で、その12人の命が助かるなら、喜んで父上にこの命を投げ出します。
しかしながら、そういう訳には行きますまい。
ならば、私は今、ここで死ぬ訳には参りません!」

「諦めろ…、オスカル!
いかなる事があろうと、最後まで陛下に忠誠を尽くすのが、代々ジャルジェ家の伝統!
謀反人を出したと有ったら、もはやこれまで…!
安心しろ…、お前を神の下に送り届け、直ぐにワシも行くわっ!」

「ならば…、尚更の事。私は御成敗を受ける訳には、参りません」

「優しい事を言う…。だが…、もはやこれまでだ…」

父と娘の目に涙が流れる。

父ジャルジェは意を決して、剣を高く振り上げた…!

「お待ち下さい!!」

扉を開け入って来たアンドレがジャルジェ将軍の前に立ち隔て、引き止めた。

「放さんか!アンドレ!」

「放しません!オスカル様をお斬りになると言うのならば!
この手、永遠に離しません!」

「そこをどけ!!、うっ…!?」

拳銃をジャルジェ将軍の胸に充てたアンドレは、キッパリと言い放した。

「どうしてもと…、おっしゃるならば、貴方を撃ち、オスカルを連れて逃げます…!」

「何…!?、オスカル…だと!?」

「はい…」

「それが…、お前の気持ちか…?」

「はい…」

「馬鹿め…、貴族と平民の身分の違いが越えられるとでも思っておるのか…!」

「お尋ねします!身分とは…?、平民とは…?、人は、みな平等です!」

「貴族の結婚には、国王陛下の許可がいるのだ!!」

「知っております。ただ人を愛するのに…、例え国王陛下と言えども他人の許可がいるのでしょうか!」

「うっ…、アンドレ!」

ジャルジェはアンドレを張り倒した。

「2人共…、許せん…」

アンドレは、ジャルジェの前で正座をして、拳銃を床に置いた。
オスカルは、呆然とアンドレの後ろ姿を見つめていた…。

「では…、まず、私から、お斬り下さい…。
一瞬とは故…、私が後では愛する人の死を見る事になる…。それは余りにも哀しい…」

「アンドレ…」

オスカルは、アンドレの命を賭けた想いを初めて知った…。

「よしっ…、では、望み通りにしてやろう…」

その時、ベルサイユから早馬の急使がジャルジェ家にやって来た。
そして、使者が大声で文面を読み上げた。

《王后陛下の御言葉により…、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ巡章、並びにジャルジェ家には、一切お咎めなし。
尚、一層の王家に対する忠誠を期待致します。との事である》

「アントワネット様…。聞いたか…、オスカル。王后陛下の御恩情を…。命拾いしおって…。馬鹿者めっ…」

ジャルジェ将軍の目には涙が溢れていた。

1789年6月30日、アベイ牢獄に投獄された衛兵隊員のアラン達12名は、軍籍がありながら、本人不在のまま軍事法廷が開かれて銃殺刑が決まっていた。

オスカルは、ベルナールの元を訪れて、アベイ牢獄を包囲するよう頼む。

「パリ市街の治安に責任を持つ私は、パリの治安が危険だと判断すれば、12名の釈放を国王に要請出来る」

オスカルは、ベルナ−ルを説得して、多くの市民を集めて貰う事にした。

オスカルが衛兵隊に告げる。

「情報により本日…、パレロワイヤル広場で集会がある事が判った。
どんな事があっても市民に発砲しない事!
例え市民達の挑発があっても乗らない事!
全員!騎乗!出発−!!」

そして、ベルナールの演説は市民の心を掴む。

「我々は、これから12名の釈放を求めて、アベイ牢獄へ行こうではないか!」

アベイ牢獄を取り囲んだ市民は、3万人を越えた。

「このフランスを火の海にするのですか!」

暴動を避けたい王妃マリ−・アントワネットは、優柔不断で決断を躊躇する国王ルイ16世に代わって、12名の釈放を命じた。

そして、夕方、オスカルは、保釈された12名の衛兵隊員を民衆と共に出迎えた。

「アラン…、これは、ベルナ−ルの力でもないし…、まして私の力でもない。全て民衆の力だ」

「隊長さんよ。アンタも大分、世の中っていうのが判りかけたようだな」

微笑んだアランがオスカルに手を差し延べて、2人は握手を交わした。

パリ市民は、12名の兵士を取り返した。
民衆の民衆自身による勝利…。
しかし、やがて沸き起こる、大きなうねりの前のほんの小さな、うねりにあったに過ぎない…。



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