たそがれに弔鐘は鳴る

アコ−ディオンを弾きながら貧しい男が呟く。

《何でセーヌは、濁っちまったんだろう…。
花のパリは。何処へ行っちまったんだ。
一欠けらのパンの為に誰もが目の色を変える。
花を歌い恋を語った、あのセーヌは、何処へ流れて行くんだ…》

1788年・冬、国政の混乱と王室の財政危機による度重なる新税の布告で、フランス民衆の不満と貧困は、もはや限界に達していた。
しかし、それでもベルサイユは、その権威を保とおとしていた。

フランス革命の前奏曲は、国民の人気を自分達に向ける事で、国王に代わって、フランスを支配しょうとした一部の貴族達の同伴によって始まった。

雪が降りしきる中…、アンドレは、自由と平等を求める民衆の気持ちと三部会への期待を込めた熱いベルナールの演説を聞きに行っていた。
そして、演説後にベルナールを激励して、久しぶりに再会を果たした。

「君に会わせたい人がいるんだ!」

ベルナールは、アンドレを自宅に招くと出迎えたのは、ロザリーだった。

「うわぁ!アンドレ!いらっしゃい!
本当に久しぶりでした」

「久しぶりなんて、もんじゃない!
どうしてたんだ…?連絡も全然なしで…。
ベルナールと、どうして此処に…?何がどうなってんだ…
あぁ…!2人は結婚したのか!、そうか…、そうだったのか!おめでとう!」

ベルナ−ルとロザリ−の若き夫婦は、革命推進派のロベスピエールの組織で働いていた。

「あの…、オスカル様は、お元気ですか?」

ロザリ−は、涙を溢れさせながら尋ねた。

「あぁ…、元気だよ!
あれから、近衛から衛兵隊へと移ったけれど、相変わらず、バンバン頑張ってるよ。
安心おし、ロザリ−。誰も何も変わっちゃいない…、誰も何も…」

1789年1月、国王ルイ16世は来たる5月1日にベルサイユにおいて、三部会を召集し、開会する事を布告した。
三部会を開く事は、国王の独裁権力に制限を加える事になる…。
もはや時代の趨勢は、ルイ16世にも止めようがなかった。

また、国王夫妻の息子で病弱な王太子ルイ・ジョゼフの為に王妃たちは、古いムードン城に移り住んでいた。

マリ−・アントワネットからの火急な用件で、オスカルはム−ドン城に到着する。

「アントワネット様」

「オスカル…!良く来てくれました。
ジョゼフがしきりに貴方に会いたがっています。
あと半年持つかどうか…。
背骨がデコボコになって、肋骨まで曲がってしまって…、もうカリエスの末期症状が出て来ているのです…。
まだ七つになったばかりだと言うのに…」

マリ−・アントワネットは、泣きながらオスカルに説明した後、ジョゼフの部屋に連れて行く。

「王太子殿下」

「…はっ!オスカル!」

「お久愁ございます。御無沙汰しておりました」

「オスカル…、オスカル!」

「はい 殿下…」

「お願い!僕を表に連れて行って、お馬に乗せて下さい!」

「殿下…」

「僕…、馬に乗りたいんだ!、オスカルと一緒に!」

「構いません…、オスカル…。
どうか…、どうか…、この子の願いを叶えてあげて…」

「はい」

オスカルは、王太子ジョゼフを自分の前に乗せて、庭園野原を駆け走る。

「ギャロップ!ギャロップ!」

「アハハッ!そんなに馬を急かしては、いけません」

「はぉ…、いつまでも、こうしていたい…」

「王太子殿下…?」

オスカルは、湖の辺の木陰でジョゼフを寝かせて休ませる。

「大丈夫でございますか?殿下…。
そろそろ、お戻りになった方がよろしいかと…」

「いよいよ、三部会が開かれるそうですね…。
その時は、僕もベルサイユ宮へ帰ります。
きっと、我がフランスの歴史に残る日になるでしょうから…。
やがて、僕の治めるはずのフランス…」

「そうです。やがて殿下がルイ17世となられて…」

涙を浮かべたジョゼフは、起き上がるとオスカルの頬に軽くキスをした。

「あなたが…、好き…。
今度…、生まれて来たら…、きっと、病気なんかしないで、元気で大きくなって立派な青年になって…。
だから…、その時まで待って!」

マリ−・アントワネットは、ジョゼフの為に王室礼拝堂で祈っていた。

「神様…、どうかルイ・ジョゼフの命をひと月…、いえ…、一週間でも、一日でも長らいさせて下さい。
どうか…、どうか…、お願い致します」

王妃の後ろ姿を遠くから見つめて、王妃の側へ歩み寄ろうとするフェルゼンがいた。

「前を失礼しますよ…」

国王ルイ16世がフェルゼンの前を静かに通り過ぎて行き、マリ−・アントワネットの元へ行く。

「これは、陛下…」

「私も一緒に祈ろう」

ジョセフの病気の回復を願って、2人は神に祈りを捧げた。
そして、フェルゼンは、両陛下に一礼をすると静かに礼拝堂を去って行った。


衛兵隊の寄宿舎にアランが現れた。

「御無沙だったな…。みんな…、また宜しく頼むぜ!」

最愛の妹ディアンヌの死後…、海の見える田舎で墓を守って、暮らそうとしていたアランが戻って来た。

「三部会が開かれるんじゃ、出て来ない訳にはいかねぇわ…。
平民から選ばれた議員たちが貴族どもを、どうとっちめるのか…、じっくり見てえと思ってな。
なぁ、アンドレ…、おめえの見えねぇ方の目の分まで、俺は見てやるぜ…」

同夜、ジャルジェ家オスカルの部屋…。

「オスカル…、フェルゼン伯がスウェーデンに帰国したそうだ。
お前に宜しく…、との伝言が陸軍から届いている。オスカル…?」

「アンドレ…、明日から三部会警備の特別訓練に入る。みんなに伝えておいてくれ」

「わかった」

1789年5月4日、翌日に控えた三部会開会式に先立ち、ベルサイユのサンルイ教会で全ての議員を集めて、荘厳なミサを挙げる事になった。

ベルサイユ宮の中庭では、教会に向う議員達の行列を守るフランス第1連隊の衛兵隊とスイス近衛連隊の訓練が行われていた。

オスカルは、ベルサイユ宮の窓を見つめながら、王太子ジョゼフを想う。

「御覧になって、おられるはずだ。
あのベルサイユ宮の何処かの窓から…、この日の為にムードンから戻られて…」

ベルサイユ宮の居室の窓際では、マリ−・アントワネットとジョゼフ、弟のシャルルがオスカル指揮する特別訓練を視察していた。

「あの辺りかしら…、オスカルは…。フランス衛兵の帽子が光ってる」

窓際に向かい椅子に座ったジョゼフが呟いた。

中庭のアンドレが駆け寄って、オスカルに報告する。

「全員配置に就きました。後は、命令を待つだけです!」

「うふふふ…、アンドレ。私は王妃に成り損なった」

「えっ…?」

沿道を埋め尽くした群衆の中をサンルイ教会へ向かって、三部会の議員団が進んで行く。

先頭は黒ずくめの第3身分の621名。
しかし、その中には貴族でありながら、平民の指示を受けて、平民議員として当選した者もいた。
もはや、時代は貴族である事の特権など何の意味も持たなくなっていたのである。
まして、王室の為の軍隊など…。

同日、太子ルイ・ジョゼフの容態が急変する…。


1789年5月5日、ロテルデ・ムニュの大広間において、三部会の開会式が挙行された。

国王ルイ16世が登場すると議員達から拍手が湧き上がった。
しかし、王妃マリ−・アントワネットが登場しても平民議員は勿論…、貴族議員からさえ、アントワネットの為に拍手1つ起こらなかった。

フランスの全国民が攻撃し、憎悪していたのは国王でもなく…、王室そのものでもなく…、ただ1人王妃マリー・アントワネットなのだという事を王妃は凍りつく、沈黙の中でハッキリと悟った…。

「戦いが始まる…。もはや逃げも隠れもしない…。
だって、私はフランスの王妃なのだから!」

三部会が始まって1ヶ月…。
議会は荒れて、衛兵隊員も休みなしで警備に就いていた。

「この議会が終わったら…、みんな一斉に休暇を取れる。休み無しだが頑張ってくれ!」

オスカルが衛兵隊を激励して、中庭に落ちている、空き瓶を見つけて足を止めた。

「何だ?こんな所に…、危ないじゃないか…。
こういう物は予め、片付けておけと言っておいたはずだぞ!」

アンドレが速やかに答える。

「すみません!気付かなかったもので!」

「捨てて、おいてくれ…!」

オスカルがアンドレの方へ空き瓶を放り投げた。

「判りました!」

しかし、アンドレが空き瓶を見上げると視界がボヤけて、取り損ね割ってしまう。

「んっ…?」

オスカルが不信がる…。

近くに待機していアランが気を遣って、慌てて、アンドレの元に駆け寄った。

「下手くそだな…、アンドレは!、いい!俺が片付けるよ!」

「アンドレ…、まさか…、お前の右目…」

「な、何がです…?」

動揺するアンドレにアランが答えた。

「はははっ!こう、毎日毎日、立ちっぱなしじゃ…、誰だって、ボケっとしちまうよな?そうだだよな!アンドレ?」

「あ、あっ!そうなんだ!、ちょっと疲れてるのかな…。陽射しにやられたらしい…」

「それなら、良いが…」

その直後にマリ−・アントワネットの乗った馬車が宮殿から出て行き、ム−ドン城に向かって行った。

同夜、オスカルの部屋でアンドレが窓際に立ち、雨が降りしきる外を眺めている。

「王太子の御病気も良くないようだな…。
三部会が中断されて国王御夫妻がム−ドンに駆け付ける程だから…」

「大丈夫だ。今までにも何度も、この様な事があった。
今度も、きっと持ち治されるに決まっている。
それよりも…、もう1つ。今の私には心配事がある…」

「おぅ…、どんな事だ?」

オスカルが窓際のアンドレに歩み寄る。

「アンドレ…」

返事をして、アンドレが振り返える。

「どうした?目の検査か…?」

「見えるか…?ちゃんと…?」


「何を言ってるんだ。見えるよ!ナイフだろ。
1612年製、ジャルジェ家に代々伝わる、お前の愛用のな」

「本当に目は悪くなっていないんだな?」

「口説いぞ。止めろよ…、悪い冗談は。はははっ…」

「すまなかった…」

オスカルは、フッと耳を澄ませた。

「…何か聞こえないか…!?ノ−トルダムの鐘の音だ…!
王太子様が危篤状態になられたのだ…」

6月2日午後10時、ノ−トルダム寺院の鐘が重々しく鳴り渡る。
危篤状態になった王太子の為の40時間の祈りが始まったのである。

「お父様…、お母様…、お忙しいのにごめんなさい…。
三部会は、まだ荒れているのですか…?
どうして…?、どうして議員達は、仲良く話し合う事が出来ないのですか…」

「ジョゼフ…、あなたがそんな心配しなくていいのよ…。
ジョゼフ…私のジョゼフ…」

「ハァ…、もう1度…、もう1度ベルサイユに帰りたい…」

「帰れますとも!」

「そうとも!帰れるよ!ジョゼフ!
元気になって、私とお母さんと3人で馬車に乗って、ベルサイユに帰えろう…!
そうだ!馬車の護衛の指揮は、お前の大好きなオスカル・フランソワにとって貰おう!それがいい…!」

「ハァ…、白馬に乗った人…。
風を受けて…、金髪が…、はっ!…ふぅ…」

「ジョゼフ…!?、お母様を置いて逝かないで…!!神様…!!」

6月4日。午前1時、
第1王子ルイ・ジョゼフは、僅か7歳で哀しい生涯を閉じた。

しかし、彼にとって、これから王室が迎えなければならない苦難を知らずに死んだ事は、せめてもの救いであった…。



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