フェルゼン名残りの輪舞

ベルサイユの庭園で誰もいない、朝もやの中で、王妃マリ−・アントワネットとフェルゼンは、別れの時を名残り惜しんでいた。

「どうして、こんなに夜明けが早いのでしょう…。もう、戻らなくては…」

「離したくない…。例え、陽が昇り、2人の姿がフランス中の人々の目に止まろうと、貴女を離したくはありません…!」

二人の見つめ合う瞳と瞳…。

「どうか、泣かないで下さい。
今…、貴女の涙を見てしまったら、私は今度、会える時まで、その時まで地獄の中をさ迷わねばなりません…。
お願いです…、どうか、いつもの春風のような笑顔を…」

フェルゼンが、ジャルジェ家のオスカルの居間に訪ねて来た。

「たまには、お前と剣の手合わせをしたくなってね…」

アンドレは、林檎を頬張りながら、黙って聞いていた。

既にベルサイユに毎夜、燃え上がる不倫の恋として、王妃マリ−・アントワネットとフェルゼンの恋仲はパリ中の噂で持ち切りとなっていた。

フェルゼンが帰った後にオスカルは思った。

《今日みたいなフェルゼン伯を初めて見た…。
何をしても辛そうで、かといって、何かをしなければいられない…。
そんなに辛い恋に何でのめり込むんだ…。
愛し愛されて何が辛い…。
打ち明ける事すら出来ない恋だって…、この世には、ゴマンとあるんだ…》

「剣を取れ!アンドレ!
たまには手加減抜きだ!」

「いいとも!俺も今日は、そのつもりさ!オスカル…!」

《オスカル!忘れちまえ!フェルゼンの事なんか!
いや…、忘れて欲しい…、お願いだ!》

アンドレは、自分の思いを心の中で叫んでいた。


後日、マリ−・アントワネットは親友のオスカルを呼び出して、自分のフェルゼンへの思いを伝えた。

「貴方だけが頼りなのです。オスカル…。
今晩、国王主催の舞踏会が開催される為に(愛の神殿)へ行けなくなった事を伝えて欲しい…」と、泣きながらオスカルに頼んだ。

オスカルは、既に宮廷内で下品な視線と陰口を浴びせられる、アントワネットを見るに忍びない思いでいた。



ベルサイユ宮で舞踏会が始まると、宮廷中の人々は、マリ−・アントワネットとフェルゼンに好奇の目を向けた。

そこへ、白い礼装姿の凛々しいオスカルが現れた。
すると、宮廷内の貴婦人達の誰もがオスカルに心奪われた。

マリ−・アントワネットは、微笑みながらオスカルに聞いてみた。

「オスカル!今宵はどういう、風の吹き回しでしょう?
ダンスなどした事のない貴方が…」

オスカルは、マリ−・アントワネットの前に膝ま就いて、敬意を述べた。

「恐れながら、風は西からも、東からも吹きそよぐものでございます」

「まぁ…!貴方のお相手は、男の方かしら?、それとも女の方?」

「お望みのままでございます。
王后陛下。、但し…、今宵のお相手は、私一人に…」

「分かりました。オスカル!」

オスカルからの進言を受けたマリ−・アントワネットは、手を差し延べると、オスカルにエスコートされながら、優雅にメヌエットを踊り始めた。

宮廷中の貴婦人達は、2人の美しい姿に溜息を付いて、酔いしれて見つめていた。



暁の頃、道端に黄色い水仙が咲いている朝霧の中、フェルゼンは舞踏会を終えて帰路中のオスカルの馬車を待ち受けていた。

「有難う、オスカル…。君があの礼装で現れなかったら、私は間違いなく、アントワネット様と踊り明かしてしまったろう…。
お姿を見てしまえば、当然、踊りたいと思う…。
踊ればきっと、隠している感情も人には、表に見えるに違いない…。
寸前の所で、あの方をまた途方もないスキャンダルに巻き込んでしまう所だった。
出るべきではない…と
思いつつ、出てしまった舞踏会…。
この私の思慮のなさが全ていけない。
私に本当に人を愛す心があるのなら…、愛する人の立場をもっと、考えるべきであった」

オスカルは、黙ったままフェルゼンを見つめている。

「愛は抱いても、決して恋に陥るべきではなかった…」

馬車に同乗していたアンドレは、オスカルとフェルゼンの様子を離れた場所で見つめていた。

三人の頭上の空が白々と太陽が昇り始めて来た…。

「あの方を苦しませてしまった…、深く例えようもなく深く…」

川縁に立つオスカルとフェルゼンの川の水面には、雲の流れと朝日が写っている。

「私に出来る事は、ただ1つ。
あえて、あの方に対して、卑怯者になる事だ!」

太陽が地平線に昇り、風が出て来て、朝日に向かって飛んで行く鳥たち…。

「オスカル、私は逃げる…。すまないが逃げるぞ!遠く数千マイルの彼方へ!」

更に遥か遠くへと向かって飛ぶ鳥たち…。

「アントワネット様の事を頼む!」

フェルゼンは、心固めた決意をオスカルに伝えた。
そして、馬車に乗り込み走り出した。

「フェルゼン!何処へ…!?」

一瞬、駆け出すオスカルは、フェルゼンの去り行く馬車を見送った。



フェルゼンは、あえてアメリカ遠征軍に志願したのだった。
遠征軍と馬上のフェルゼンの出発する姿が描かて行く…。

ジャルジェ邸のオスカルの居間では、フェルゼンを想うオスカルを気にしつつ、アンドレが呟いた。

「今日は、馬の蹄鉄を変えてやる日だ…」

アンドレは、居間を去る時、一瞬、オスカルの方に目を向けた。
すると、オスカルの目から涙が一筋、流れ落ちていた…

「フェルゼン!死ぬな…!」

オスカルは、心の中で恋するフェルゼンの無事を願っていた…。



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